祝!好きしょソフト化&アニメ化

18歳以下禁止! その2

アダルトゲームの歴史

2000年代前半

2000年代に入ると、アダルトゲームは漫画・アニメに次ぐキャラクター産業としての色彩を帯びるようになりました。主題歌を歌う歌手がアルバムを発売したり、テレビアニメ・漫画・ラジオ・カードゲームなど他の業界でも、アダルトゲームを元にした商品が製作されることになりました。また日本国内だけではなく、日本国外への進出も果たすようになります。姫屋ソフト、Studio e.go!などの一部メーカーによって、早い段階からアメリカ、台湾など日本国外の市場を意識した商法も行われています。同人誌即売会コミックマーケットでは、2000年(平成12年)冬に登場したオリジナル同人アダルトゲーム『月姫』(TYPE-MOON)と、2002年(平成14年)夏に登場したオリジナル非アダルト同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』(07th Expansion)がともに10万本以上の大ヒットとなりました。同人誌原作作品でありながらも、事実上の商業化とメディアミックス展開を果たすようになり、業界に大きな影響を与えました。この成功と前後して、多くの同人サークルが商業ブランドに改組されていきました。

1990年代後半から拡大した「泣きゲー」とは正反対に、愛憎・嫉妬・すれ違い・失恋・修羅場といった恋愛での「負」の部分を描いた作品が出始めたのがこの時期でもあります。女性向けの昼ドラさながらの、ドロドロの三角関係を描き出した『君が望む永遠』(2001年/平成13年 アージュ)は「鬱ゲー」というジャンルを開拓しました。純愛系ではソフ綸の規制強化を逆手に取るかのように、義妹・幼馴染・いとこ(主に従兄妹)をメインヒロインに据えた作品で多くの話題作が出てきました。その中で『みずいろ』(2001年/平成13年 ねこねこソフト)、『D.C. 〜ダ・カーポ〜』(2002年/平成14年 CIRCUS)が相次いでヒットしました。一方で老舗のメーカーのエルフは、鬼畜・凌辱物の『臭作』(1998年/平成10年)・『鬼作』(2001年/平成13年)といった純愛以外の作品や、ライトノベル作家あかほりさとる原作で、萌え重視・メディアミックス重視の『らいむいろ戦奇譚 ~明治日本、乙女 防人ス。~』(2002年/平成14年)を送り出しました。もう一方の雄アリスソフトはあくまでエロさとゲーム性を重視した作風の『大悪司』(2001年/平成13年)、『ランスVI-ゼス崩壊-』(2004年/平成16年)といった作品や、希望小売価格が2800円の『妻みぐい』(2002年/平成14年)で低価格路線を打ち出して、新たな流れに対抗していきました。また2003年(平成15年)には女性プレーヤーを対象にした『星の王女』(美蕾)が発売されました。

2000年代中盤~末

高速インターネット回線の普及によってダウンロード販売が普及しました。2004年(平成16年)には2万本だった販売数が翌2005年(平成17年)には17万本と急増しました。ダウンロード販売によって旧作の購入も簡単になりました。また、ニコニコ動画など動画共有サイトでの宣伝・広報活動も拡がりを見せていくことになりました。戦闘シーン、登場人物、武器、ストーリーを重視した萌えゲーならぬ燃えゲーも出始めたのもこの頃です。『斬魔大聖デモンベイン』(2003年/平成15年)ニトロプラス)は巨大ロボットに搭乗して、悪の組織と死闘を繰り広げるというストーリーで、『あやかしびと』(2005年/平成17年)propeller)は人間にして妖怪の能力を持ったキャラクターの生き様を描いていて、『マブラヴオルタネイティヴ』(2006年/平成18年)age)は人型ロボットで人類に敵対的な地球外起源種と戦うという話がありました。恋愛ゲームでは主人公がプレイヤーを投影しているために、顔が見えなかったり、個性が薄かったりすることがありました。そして恋愛ゲームという性質から、男性キャラクターに割く割合がせまかったこともあります。「燃えゲー」では戦闘シーンがメインにおかれるようになり、主人公も含めた男性キャラクターが活躍して、人気投票で女性キャラクターよりも上位にくることもありました。また2004年(平成16年)にはTYPE-MOONの『Fate/stay night』が大ヒットしました。ここにおいても製作者がアダルトシーンは「サービス」と言い切ったように、アダルトシーンは軽視されています。

販売力の向上を目指して、方向性の大きな変化を模索するブランドもでてきました。その良い例が同じ会社で、同じシナリオライターが制作した『姉、ちゃんとしようよっ!』(2003年/平成15年)きゃんでぃそふと)からその続編の『姉、ちゃんとしようよっ2』(2004年/平成16年きゃんでぃそふと)、そして『つよきす』(2005年/平成17年 きゃんでぃそふと)への内容の変化があげられます。性的描写が多くあり、ストーリーは軽視されていた傾向にあった1期作に比べて、2期の『つよきす』へ移り変わるにあたっては、ゲーム自体のボリュームは増えているにもかかわらず、性的描写が量的に少なくなる傾向にあります。また比較的後半に置かれた『つよきす』は地上波でのアニメ化・コンシューマ化など、前者とは違ってメディアミックス展開へと繋がる形で大衆化することになりました。かつては鬼畜・陵辱ゲーム専門ブランドとして認知されていたスタジオメビウスは、2003年(平成15年)に純愛ゲーム『SNOW』を発売して、ヒットさせることに成功しました。インターネット「2ちゃんねる」の書き込みから始まった『電車男』のブームに『メイド喫茶』ブームによって秋葉原やオタクが注目されるようになり、メディアミックスされたアダルトゲームもさらなる発展を迎えるかに思えましたが、2005年(平成17年)にいくつかのヒットを飛ばした「ねこねこソフト」が翌年に休止しました。2006年(平成18年)にアダルトゲームの家庭用ゲーム機移植を手掛けたKIDが倒産することになり、この業界が右肩上がりではないことを示すことになりました。また2005年(平成17年)の野田聖子議員の呼びかけによって『少女アダルトアニメおよび同シミュレーションゲームの製造・販売に関する勉強会』などが業界に対する規制強化の動きや、国際人権団体の「イクオリティ・ナウ」が抗議活動を始めるなど外圧がかかるようになり、さらにテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の大ヒットによって、美少女もののメディアミックスの中心軸として一時期衰微傾向にあったライトノベルが再度注目されるようになったことなどもありど、業界を巡る環境は厳しいものへとなりました。

2010年代には売上げはかなり下がっていき、1万本でヒットといわれるほどに縮小しています。

アダルトゲームと家庭用ゲーム機との関係

メーカーの方針

現在は、コンシューマーゲーム機と呼ばれるような家庭用ゲーム機でも日本では、業界の草創期からハードウェアメーカーが性描写のあるアダルトゲームの制作を全面的に禁じていて、性描写には至らない下着や胸元の露出などといった「お色気」そのものについても現在でも厳しい表現規制がつきまとっています。

この様な方針は1980年代に、任天堂が家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータで、当時の任天堂社長の山内溥率いる同社経営陣の主導によって、ライセンス許諾を取得しないで販売される同社が言うところの「裏ソフト」の撲滅を目的に運用されたサードパーティーに対する管理指針が基盤となっています。当時はマイコンと呼ばれていたパソコン用アダルトゲームの制作・販売を行っていた光栄(現 コーエーテクモゲームス)やエニックス(現 スクウェア・エニックス)などがそれを打ち切ったのは、当時の任天堂の方針に合わせたためともいわれています。全盛期の任天堂のソフトメーカーに対する管理や締め付けは、極めて厳しいものでした。パソコンを含む家庭用ゲーム機でアダルトゲームの制作を行っているメーカーの参入や開発を一切認めることはしませんでした。ファミコンソフトに関与するにあたっては、アダルト要素を含むゲームの制作をパソコンなどでも行わないことを条件にしていたといわれています。そのために、当時のコンシューマーゲーム機での一般向けとパソコンでのアダルト作品の両方の販売を行っていたメーカーは少なからず、任天堂の規制・干渉の回避を目的にして社内カンパニーの実態でも本体とは別にブランドや販社を立ち上げています。後継機スーパーファミコンや携帯ゲーム機ゲームボーイシリーズなどでは、グラフィック表現が向上したことなどもあって、いくつかの移植作も存在していますが、任天堂の姿勢に大きな変化はありませんでした。『ゲーム批評』のような雑誌のインタビューなどからも、山内社長時代の任天堂の経営陣はギャルゲーについて質の低い作品が多く家庭用ゲームソフト全体の質を大きく下げた元凶と見なしていたことがみてとれます。実際に、任天堂の家庭用ゲーム機向けの移植はあまり行われることはありませんでした。社長が岩田聡に交替した後は、山内時代の従来の方針を変えつつありますが、アダルト描写が不可であることは現在まで一貫している姿勢になっています。そして、スーパーファミコンの次には、いわゆる第5世代機でプレイステーションでコンシューマゲーム市場の主導権を握ったソニー・コンピューターエンタテイメント(略:SCE)も「ソニーチェック」と呼ばれる表現に対する厳しい独自規制を敷いていることもあって、サードパーティーの管理や表現規制については多かれ少なかれ任天堂に類似した手法と基準を用いています。しかし例外もあります。1987年(昭和62年)にPCエンジンでコンシューマゲーム業界に後発参入したNEC-HEは、過去の任天堂とはまったく逆のスタンスでした。すなわち「ハードウェアが売れるならばソフトの内容は問わない」という姿勢を取っていきました。そのためPCエンジンではサードパーティーへの性描写規制は他社に比べて若干緩くなっていて、また(PC版に比べ若干性描写を抑えたりシーンをカットして)ドラゴンナイトシリーズ(II(1992年/平成4年)・III(1994年/平成6年)・ドラゴンナイト&グラフィティ(1995年/平成7年)、NECアベニュー)やCALシリーズを発売しています。 また次世代機のPC-FXも一時期アダルトゲームの制作が認められていて、過激な性的表現を抑えて、レーティングを「18禁X指定」とした上で『同級生2』(1996年/平成8年 NECアベニュー)、『Pia♥キャロットへようこそ!!』(1996年/平成8年、カクテル・ソフト、PC-FX版は翌年自社発売)などが移植されました。もっともその当時は、ほとんどのアダルトゲームが親会社でもあるNECのPC-98シリーズで製作・販売されていたということまり、NEC-HEにとってもアダルトゲームは重要なコンテンツであったと考えられます。またPC-98シリーズに組み込んで使用できるPC-FXボードも発売されていました。

アダルトゲームのコンシューマー移植

NEC-HEの機種以外でも家庭用ゲーム機への移植は盛んに行われる様になりました。セガはNEC-HE同様に、アダルトゲームに大幅な規制をかけなかったこともあって、『野々村病院の人々』(1996年/平成8年エルフ)が「18禁X指定」で移されましたが、規制の強化によって、性表現をさらに薄くした「18歳以上推奨」というレーティングに移行して『同級生if』や『下級生』といった作品が「セガサターン」に移植されました。『ファミコン通信』の初年度の集計で『野々村病院の人々』が32万本、『下級生』が25万本、『同級生if』が22万本の売り上げを記録しています。セガサターンと競合して、第5世代機の市場を制したSCEのプレイステーションについては「ソニーチェック」と呼ばれるほどの厳しい独自規制があるので、アダルトゲームの移植は当初ほとんどなされませんでした。この状況は、原作の性的描写をすべて排除して、ノンアダルトのギャルゲーへと大幅な方向転換をすることでプレイステーションへの移植を果たした『同級生2』(1997年/平成9年、バンプレスト)、『To Heart』(1999年/平成11年、アクアプラス)の登場によって変化することになりました。

それ以後「原作のゲームと同一タイトルをつけることを認めない」というルールが制定されることになり、著作権表示に元のブランド表記がない作品が多いという制約はありましたが、アダルトゲームのギャルゲー化は作品の販路拡大・メディアミックスの手法として定着していくことになります。これは、単に家庭用ゲーム機に性的表現を盛り込むことをソフトメーカーが放棄したともいえるので、年を追うごとにアダルトゲームとギャルゲーとの境界線はあいまいなものになっていきました。プレイステーション2主流の時代には、タイトルは過去に他のハードウェアに移植されていないタイトルでもサブタイトルが付いている程度になりました。(もともとサブタイトルがあるタイトルでもサブタイトル部分が変更されている)原作者表記についてはブランド名でなく法人名やコンシューマゲーム機向けに用意された別のブランド名が表記されていたケースがありましたが全般的なものではなく、プレイステーション時代に比べれば緩和されています。中にはパッケージ裏に原作者のロゴが表示されているものも存在するほどでした。

だが過去の規制の名残もあって、プレイステーションでもタイトルが完全に変わっている作品があるほかにも、形式上他機種からの移植といえる状況が発生しなくなった今日ではWindows版と同名で発売されるケースはありません。プレイステーション2の後継機プレイステーション3での移植作は、現状ではアクアプラスから『WHITE ALBUM 綴られる冬の想い出』が発売されていて、GN Softwareから『涼風のメルト』の発売が予定されている程度にとどまっています。メインストリームがプレイステーション3に移行してから、プレイステーション2のシェアが大きく衰退している現在でも、プレイステーション3用ソフトウェアの開発費の恒常的な高コスト体質などの問題からプレイステーション2のプラットフォームで制作・発売されるケースはありますが、減少傾向になっていて最近ではプレイステーション・ポータブルやマイクロソフトのXbox 360などのプラットフォームでのリリースが主流になりつつあります。プレイステーション2と同時期のゲーム機の、セガのドリームキャストは規制を早い段階にCEROの基準に合わせたことともあって多数移植されています。ゲーム機本体の生産が終了した後もしばらくは移植作品が発売され続けていたほどでした。しかし、本体の生産終了やSCEの規制がCEROレーティングにある程度準拠したことなどによって、ドリームキャストに移植する意義は薄れることになり、ドリームキャスト版の販売は終息へと向かいました。ドリームキャスト移植作品も末期にはサブタイトルが付いたりしてWindows版とタイトル異なるケースもありました。